AIJシェル空間構造設計技術レビュー連絡会NEWS
  第24号 2002.7.8.

建築基準法の再改定に向けて 国会への陳情書・案の紹介
2000年6月1日より完全施行の改定建築基準法には、技術法として大きな問題点をはらみながら、経済の大不況に委縮した専門職能団体・関係業界から明確な意思表示がなされないまま、今に及んでいる。また、経済状況に影響されず中立的であったはずの建築学会も、技術のあり方の大局を見る目を失って、遂に、社会から期待された専門的な影響力を何ら有効に行使することができなかった。
本年2002年5月8日午後、衆議院国土交通委員会において、改定建築基準法の問題点が国会質疑に初めて取り上げられた。専門職能の良心というべき方々の熱心な働きかけがようやく実を結んだのであろう、と素直に喜びたい。
皆様の関心がいかほどのものであるか、を明確な形にして国会に伝える必要から、先ずは、以下の陳情書・案をお読みいただき、その感想を、是非とも一筆だけでもお知らせいただきたい。
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(試案2002.7.1.) 建築基準法の再改定に向けて (陳情書)
建築基準法は、昭和25(1950)年の制定から半世紀の間、震災の度ごとにしばしば大掛かりな改定を経て、政令を積極的に活用した建築技術の法規制は精緻をきわめてきた。さらに、今回の改定は、性能規定化を言いながら、国会は「法律に書かれるべき性能とは何か」という議論をなおざりにし、そのすべてを政令に委ねてしまう、という立法府として許されない手抜き行為を行った。すなわち、建築の性能に関する限り、規定を定めるに当たり、何ら国会の審議を経ることなく、すべてを当該行政庁に委ねたのである。
改定前の旧建築基準法第20条(構造耐力)では、「・・・構造計算によって、その構造が安全であることを確かめなければならない」とだけ規定していた。その施行令・告示の規定の多くは日本建築学会の規準・指針類に準拠するものであったから、実務設計家からは、さほどの抵抗感を持たれないで済んでいた。また、構造計算は、その根拠さえ明確であれば、設計家の裁量に任されていると考えられていた。施行令条文のただし書きの多くには、「・・・構造計算又は実験によって構造耐力上安全であることが・・・」などの記述があり、実験の評価を根拠にした設計家の裁量が可能であると考えられていた。そして、何よりも、旧法には、第38条(特殊の材料又は構法)が存在した。
旧法第38条では、「この章の規定又はこれに基づく命令若しくは条例の規定は、その予想しない特殊の建築材料又は構造方法を用いる建築物については、建設大臣がその建築材料又は構造方法がこれらの規定によるものと同等以上の効力があると認める場合においては、適用しない。」と規定していた。この規定こそが、技術規制を行うに際して、それが技術の進歩を阻害しかねない危険を最小限に留めるための最善の方策だったのである。
今回の改定により、この旧法第38条が廃止され、設計家の裁量は実質禁止となった。工学の進歩を望まないという国策が建築技術に適用されることになった、とでも言うかのように。
改定後の新法第20条は、「・・・政令に定める技術的基準に適合・・・」「・・・政令に定める基準に従った構造計算によって確かめられる安全性・・・」と規定するようになった。すなわち、すべてを「政令に定める基準」が律するとしたのである。
これは、すべての建築の技術に対して施行令・告示の規定を用意する、と宣言したも同然である。技術のすべてを規定できると本気で考えていたとしたら、そのこと自体が、技術への「無知」の証明である。
新法施行令の条文の多くも、「・・・国土交通大臣の定めた構造方法・・・」「・・・国土交通大臣が定める基準に従った構造計算によって・・・」などの記述へと変更された。重大なことは、単に「・・・国土交通大臣が定めた・・・」が追加されたことではなく、旧法施行令の条文の随所にあった「・・・構造計算又は実験によって・・・」から、「又は実験」の4文字が完全に抹消された、という事実である。
自然科学に基礎をおく工学技術において、実験を排除せんとするは科学技術の根底を否定するもので、まさに、暴挙である。その過ちは直ちに正さねばならない。それを行うことは立法府の責任である。当該行政庁には、政令の工学的な正当性を説明する責任がある。
用いてもよい技術の範囲を限定し、それらの用い方を詳細に立ち入ってこと細かく規定し、規定できない技術には事実上の禁止処分である。これでは、民による自発的な技術開発を推奨するどころか、自発的な開発意欲をそぐ、結果を生む。 このような建築技術の「原則禁止」による規制は、先進国には決して見られないものである。社会正義の実現のため、当該行政庁の思い上がりを見逃すべきではない。
これまでの建築の技術開発の大部分は、民の自発的な研究意欲と開発投資とに支えられていた、ということを深く認識すべきである。一例を上げれば、免震構造の技術開発にどれほどの国費が投ぜられたか。建築基準法の瑣末な規定が、免震構造の開発にとって大きな障害・足枷になったことは想像に難くない。それでも、免震構造の開発は、民の自発的な研究意欲と開発投資とに支えられ、第38条を駆使して開発・普及への突破口を切り開いてきた。
建築が社会的基盤の大きな部分を担うことは間違いない。建築に社会的規制が必要であることは認めてもよい。しかしながら、建築に工学技術的規制がどうしても必要である、と説明できるような有力な根拠はどこにも見出せない。
工学技術的な規制の部分は、全面的に、「自立的な技術家職能集団」による「自律的な倫理規制」に委ねて、建築の工学技術の法規制は即刻廃止すべきである。
技術家職能集団の社会的責任はそれだけ重くなる。その「自律的な倫理規制」だけでは専門職能として社会正義を確保できない場合に限り、技術に法的規制を行うことはやむを得ない。これによって、技術家相互の切磋琢磨がよく機能し、その結果が、建築ユーザーの真の利益にもかなうのである。
建築基準法では、いわゆる集団規定(社会的規制)を除く個別規定(技術的規制)を、法規制の対象から除外すべきである。建築基準法は一旦廃止して、新たに建築基本法を制定すべきである。
それまでの暫定措置としては、建築基準法の「旧第38条」および「実験による評価」を復活し、設計技術家の専門裁量を認める、ということを、技術家職能としての最少限の要求としたいのである。


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