昭和48年10月30日 日刊建設通信

建築界 建築士法の原点を探る 下

田中角栄氏の提案理由説明 <昭和25年>

業務の責任制度めざす職業法でなく資格法

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 建築士法は、昭和二十五年四月四日、衆議院で、田中角栄氏ら七議員から提案され、同四月二十六日参議院本会議で可決成立した。五月二十四日公布され、七月一日より施行されている。

 法案の提案理由は、田中議員が説明しているが、以下その全文を紹介したい。

 このなかでは「建築士という名称はアーキテクトの訳語として、現在すでにわが国でも通俗的に使されております。これが本法により法律用語となると、これに類似の使用は禁止せられるわけであります」と、述べていて興味深い。

 また、二十九日付所報のように、港出版合作社版「建築士法の解態」から法文の逐条説明主要部分を紹介する

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建築士法案提案理由説明

建築物の災害等に対する安全性を確保し、質の向上をはかることは、個人の生命財産の保護と社会公共の福祉の増進に重大な関係を有するものであります。そのためには専門の知識、技能を有する技術者が、その設計及び工事監理行なうことが必要であります。建築士法はこの趣旨にのっとり、建築物の設計及び工事監理をつかさどる技術者の資格を定めて、試験制度より、建築士の免許登録をすることにより、一定の技術水準を確保するとともに、その業務に対する責任制度を確立しようとするものであります。過去数十年来建築士法制定の必要性は、識者の唱道して来たとこころでありまして欧米においてもつとに建築士制度を法制化し、建築の設計及び工事監理に知識技能ゆたかな専門技術者を当てて、建築設計技術の向上と、設計者の責任制度の確立に努めている状況であります。今回政府においては、市街地建築物法を全面的に改正すると同時に、臨時建築制限規則を廃止して、建築手続等も協力簡易化せんと企図しております.ちょうどこのとき建築士制度の法制化を実現しますことは、両々相まって、今までの監督行政を脱し、民主的な建築行政を確立するゆえんと考える次第ですあります。

次に、本法案の内容に関し特徴とする点を二、三御説明いたします。

第一に、試験による免許登録制度によって、建築の設計及び工事監理の専門的技術の一定水準の保持とその向上に資することができます。

 第二に、建築に際して、建築関係法規の確実な適用が期待されるとともに、建築士の創意くふうにより、合理的かつ経済的に建築物の安全性の確保と経済価値の増進をはかることができます。

 第三に、建築の設計は建築士に、工事の実施は建築業者にと、おのおの責任の所在を明確にすること

により、相互に不正、過失の防止をはかることができます。

 第四に建築士制度の確立により建築主は設計建築手続、工事監理についての煩瑣な事務を建築士を信瀬してまかせることができるようになります。

 最後に経過的措置について若干の説明をつけ加えます。かかる制度が新たに設けられますと、現在までこの方面の職に徒事していた人々が、あるいは試験に落ちて職を奪われはしないかという、心配が起こります。本法においては、わが国の現状にかんがみ、建築士を一級及び二級にわけて、おのおのその適当な職分を受持つことができるよう配慮しておりますから、この心配は少ないのでありますがさらに付則において、現在の有資格者に対しては暫定的に試験を用いず、選考によって免許を与える道を開いております。またこの場合の学歴や実務経験の基準も、十分に実情を考慮して、一方あまりに緩に失して法の目的を阻害せしめないとともに、他方あまりに厳に過ぎて、現在の営業者を困らせることのないよう十分に留意したつもりであります。以上で本法案の大要を御説明申し上げました。

 次にこの条文の説明を簡単に申し上げたいと思います。第一章、総則、第一条は御承知の通り法の目的を明らかにしたものです。第二条は法文中に出てくる用語の定義であります.建築士という名称はアーキテクトの訳語として、現在すでにわが国でも通俗的に使用されております。これが本法により法律用語となると、これに類似の用語の使用は禁示せられるわけであります。建築士を二階級にわけ、程度の高い、すなわちむずかしい構造物を設計する人を一級建築士、その次の程度のものを設計する人を二級建築士といたしました。これは二階数にわける方が現状に即すると考えられたからであります。名称の先例といたしましては、教職員免許法に一級普通免許状及び二級普通免許状という言葉が使われております。当初は建築士及び建築工務士という案もございましたが、工務士の名称は外国のエンジニアの訳語と問違えられることを恐れて避けたのであります。また建築士及び建築士補の案も出たのでありますが、必ずしも補佐的な仕事に限らないという理由でやめたのであります。このほか建築士及び建築工士の案も考えられましたが、原案の方が一般的にわかりやすいであろうという理田で採用いたしたのであります。工事監理という言葉は、普通工事の監督という場合よりやや狭い意味に定義されております。法律で縛るのはこの範囲として、建築業者との限界を明確にするよう留意したものであります。なお第

二十一条の業務の条で明らかな通り、建築士が工事の監督をすることはさしつかえないのであって、ただ法律的な責任としては、設計及び工事監督の範囲に限られるわけであります。

 第三条は建築士に権限を与え、これを保護する趣旨の条文であります。これは元来、別の法律として近く政府から提出される建築基準法に規定するのが適当でありますが、一応本法に簡単に規定し、詳細は同法に譲る予定であります。建築基準法の成立が遅れるような場合には、単行法として出すことも当然考えられるわけであります。学校、病院、劇場、百貨店等、特殊用途の建物で九〇坪すなわち三〇〇平方b以上のもの、鉄筋コンクリート等、木造以外の建物で二階以上または六〇坪、二〇〇平方b以上のものは、一級建築士でなければ設計または工事監理ができなくなります。また特殊用途の建物で三〇坪すなわち一〇○平方b以上、木造以外の建物及び木造でも三階以上または九〇坪すなわち三〇〇平方b以上のものは一級建築士または二級建築士でなければ設計または工事監理ができなくなるのであります。そのほかの建物、すなわち特殊用途の建物で三〇坪未満のものまたは二階までの木造で九〇坪未満の建物は、この規定ができてからも、だれでも設計または工事監理ができるわけでございます。従って一般木造住宅の建築等に対しては大きな影響を与えないのであります。この緩厳の度合いについては論議の余地があることと思いますが、わが国の現状から一歩前進した形として上述いたしました通りの規定を構想している次第であります。

 第二章免許、本章は建築士の免許、登録制度に関する規定でごさいます。

 第四条は、一級建築士の免計を国が行ない、二級建築士の免許を都道府県だ行なうこととしたのは二級建築士の仕事が大体その都道府県内で行なわれると予想されますので、実情に即した免許を行ない得る便宜があると考えたからであります。先例といたしましては保健婦、助産婦、看護婦法による甲種看護婦は国で、乙種看護婦は地方で免許することになっております。

 第八条は、建築に関する犯罪者はもちろん不適格である場合がありますし、その他のことに関して

も、禁箇以上の刑に処せられた者は不適格とすることがあるということにいたしました。

 第十条は、建築士に不誠実な行為があったときは、その軽重により懲戒として戒告、一年以内の業務の停止あるいは免許の取消し等が行なわれます。業務の停止及び免許の取消しは建築士にとって死活に関する重大問題でありますので、特に聴問を行ない、かつ審議会の同意を得るという民主的な手続をふむこととし、当事者の独断を排し、慎重を期したのでありす。

 第三章試験、本章は資格試験の方法、受験資格等に関する規定であります。

 十二条は、試験の科目としては建築設計及び製図、建築構造、建築施工、建築材料、建築衛生、電

気並びに給排水等の建築設備、建築関係法規等に関する基本的な事項が予想されているのであります。一級建築士に対しては、このほか構造力学、暖冷房設備、建築史、都市計画等に関する常識的な事項が加わることも予想されます。

 第十三条は、試験は少なくとも一年に一回以上は行なうこととし、免許の機会を長い間ふさぐことのないようにした規定でございます。

 第十四条、第十五条は受験資格を定めたもので、その年限を図示すれば別紙の通りになるのでありますが、この別紙は現在印刷をしておりますので、あとから委員諸君のお手もとまでお届けいたしたいと思います。学校の課程として建築または土木としたのは、両学科とも建築物の安全性に関係する横造力学を十分に修得していると見られるからであります。一般に建築と土木の学歴に特に差別をつけなかったのは、建築衛生、設備または意匠方面の知識は建築に関する実務経験中に修得されるものと予想されるからであります。従って、第十五条第一号のごとく、学校卒業者がただちに資格を生ずるような場合に限り、土木工学科の卒業生に対してはさらに建築に関する実務経験一年を必要としたのであります。機械、電気、衛生等の課程を修めた者も同様に取扱ったらどうかという要望もありますが、これらは構造力学に関して不安な点がありまので採用しませんでした。一級建築士の受験資格として実務経験のみの者を認めなかったのは、鉄筋コンクリート等の構造物を建設するのに、構造力学に関する基礎知識を必要とすると考えたからであります。学歴の全然ない者に対しては、二級建築士の経験四年を必須要件とし、その間に、この方面の知識を補えるものと予想したいのであります。

 第十四条第四号及び第十五条第三号に「前各号と同等以上の知識及び技能を有する者」とあるのは大体、外国の学校を卒業した者を予想しているのであります。

 第十六条は、受験手数料は一級建築士に対しては八百円程度、二級建築士に対しては、府県の実情に応じてそれ以下の額が予想されます。

 第四章業務、本章は建築士の業務に関する規定であります。

 第十八条は、建築士は法令に適合した設計をせねばなりません。この規定があるために、建築士の

設計した建築物に対しては、特に許可手続を簡易にすることができるわけであります。工事施行者が

建築士の注意に従わない場合、建築士はその旨を建築主に報告せねばなりません。その結果、建築主

の依瀬によって、建築士がさらに種々の措置をとることは当然考えられるところでありますが、これ

は本法規定の範囲外のことで、建築主と建築士との間の別の民法上の契約に基く行為となります。

 第十九条は、設計変更の場合は原則として原設計者の承諾を求めて行なうことになっており、従って、その責任も当然原設計者が負うことになります。何かの事情でたとえは設計者だ遠隔の地にいる場合等、原設計者の承諾が得られなかったときは、他の建築士が自己の責任において変更することになります。この場合、変更部分の設計責任は変更を行なった建築士が負うことはもちろんですが、将来の建物に障害が起り、それが設計変更のために生じたということが技術的に確認されたときは、その責任は設計変更者が負うべきものと解せられます。なお、一級建築士でなければ設計できないような構造物の設計変更を、二級建築士が行なうことは当然許されないのでのあります。

 第二十条は、建築士が設計図書に記名、捺印してその責任を明らかにする規定です。

 第二十一条は、建築士は本来の業務のほか、本条に掲げる業務を当然に行なうことができます。建

築手続の代理業務は、府県によっては条例による免許制度をとっているところもありますが、本法に

よる建築士は、その条例にかかわらず、当然に代理業務をも行ない得ることになります。

 第五章建築士事務所、建築士が業務を行なう建築士事務所に関しては、当初登録制にすることも考

えられましたが、種々の事情で、単なる届出制に改められました。従って府県ごとに建築士事務所名

簿を作成する等のことも法律には規定されませんでしたが、これらの仕事は民間の団体、建築士会等

において自主的に行ない、公衆の便宜をはかるべきものと考えるのであります。

 第二十三条は、建築士事務所を開設する場合の届出に関する規定であります。出張所については規定されておりませんが、独立して業務を行なう場合は、一個の建築士事務所としては当然届け出なければなりません。他の府県へ移転した場合は、元の府県へ廃止届をし、新たな府県へ開設届をすることになります。

 第二十四条は、一人の建築士が多数の建築士事務所を持つことを禁じた規定で、これによって責任ある業務を行なわせようとするものであります。法人等で各地に支店、出張所を設ける場合には、専属の建築士を配置しないかぎり、建築士事務所と称することはできません。

 第二十五条は、特定の建築物の設計及び工事監督は建築士でなければできないので、設計料等を独占的に不当に引上げられた場合には、一般の人が迷惑することになります。また逆に競争的に不当に引下げるようなことが起れば、正当な業務を行ない得ないようになります。料金の最高または最低の基準は、建築士会等の民間団体が地方別に自主的に定めることが最も適当と考えられますが、何らかの事情で行なわれがたい場合を予想して、必要があれば建設大臣も中央建築士会の同意を得て、これを勧告することができることとしました。

 第二十六条は、建築士事務所の監督に関する規定で、不都合があった場合は、都道府県知事が閉鎖を命じ得ることになっております。但し、閉鎖命令も重大な問題でありますから、聴問並ひに審議会の同意を必要としました。

 第六章建築士審議会及び試験委員、第二十八条は、建設省に中央建築士審議会、地方に都道府県建築士審議会を置き、本法施行に伴う重要事項の審議に当らせるとともに、関係各庁に建議することができることになっています。これはこの種法律の民主的な運営に必要な措置と考えられるのであけます。

 第二十九条は、審義会の委員は原則として建築士のうちから、建設大臣または都道府県知事が委嘱することになっております。一般にこの種審議会は関係官庁の職員や学識経験者をもって構成するのが従前の例でありますが、大臣や知事の諮問機関に官庁の職員が入る必要はないという意見もあり、かつ、もち屋はもち屋の方が適当であろうということで、原案のごとくいたしたのであります。また小さな府県等で建築士の数が十分でないような場合には、その他の学識経験者をもって補うこともできるようになっております。

 第三十二条は、不法施行上必要な試験委員も原則として、建築士をもって充てることになっています。これはかかる制度を技術的に権威づけるゆえんと考えられるからであります。

 第七章罰則、原則といたしまして、あまり重い刑罰を課することなく、行政上の運用によって措置

する方針をとっております。たとえは建築士が法令に適合しない設計を行なったとき建築主に対する

報告を怠ったとき等は、すべて第十条にいう「不誠実な行為」をしたものとみなし、業務の停止または免許の取消等によって臨み、刑罰は課されないことになっておるのであります。

 第三十五条は、本法による最も重い刑罰であります。第三号は不誠実な行為により義務停止を命ぜられた者が、これに違反した場合であります。第四号は専任の建築士を置かずに建築士事務所を開設し場合で、第一号にいう「業務を行なうための名称詐欺」にひとしいと認められます。第五号は建築士事務所が都道府県知事の閉鎖命令に違反した場合であります。

 第三十六条は、これは前条より軽い罪で、体刑は含みません。第一号は単純な名称詐欺の場合であります。第二号は試験委員等が不正を行なった場合であります。

 第三十七条は、最も軽い過料処分で、これは建築士事務所の届出を怠った場合に適用されます。

 付則、まず施行期日に関する規定であります。第二十二条の「建築士でないものが建築士の名称を用いてはならない」という規定、及び第五章の建築士事務所に関する規定は、実際に建築士が選考されて業務を開始し得ると認められる時期、明年七月一日まで施行を延期してあるのであります。二項から十二項までは、現在設計及び工事監理を業としている者に対する経過的な措置を規定しております。かかる人々に対しては試験を行なわず、選考により資格を与え得る便法が構ぜられておりますが、あまりに緩に過ぎて本法の趣旨を没却されることのないように、必要と認められる者に対しては、考査を行なうこともできるようになっております。選考の対象となる資格は、第十四条及び第十五条の受験資格より若干きつくなっております。すなわち、経験年数において一年ないし二年くらい延長されていますが、これは試験を省略するための当然の要請であります。

 但し在来正規の学校を出なくてこの種業務に徒事している者も若干おりますため、その救済のため実務十五年の経験を有する者は一級建築士に、実務十年の経験を有する者は二級建築士、それぞれなれる道を開いております。もちろんこん場合には第七頂による考査を行なって、実力のない者が建築士となることは防止せねばならぬものと考えます。選考の資格は明年三月三十日を基準とし、選考の申請は同じく四月三十日までとしてあります。これは種々の準備等に要する期日を見込んだものであります。選考委員に関する規定は試験委員に関する規定に準じたものであります。但し、この場合は、いまだ建築士がおりませんから、選考委員は関係官庁の職員と学識経験者をもって充てることにしでおります。選考及び考査の基準というのは、実務経験とはいかなる経験をさすか、いかなる場合に考査を必要とするか、あるいは考査の課目等に関する事項で、これが各地方まちまちにならないため、建設大臣が告示することになっています。考査の課目は大体さきに述べた試験課目に準ずるものと考えられます。本年は選考前でありますから、当然試験は行なわれません。初めの試験は明年の後半になるものと考えます。建築士がきたるまでの建築士審議会の暫定的な構成を十三に規定したものであります。第十四は、建築省設置法に事務的な改正を行なう規定であります。

 以上で、逐条の御説明を終わる次第であります。

 なお経過規定によりますところの実務経験十五年以上というような者に対する定義でありますが、簡単に申し上げますと、建築に関する経験者は、すなわち俗に大工さんその他いずれでもいいかというと、そういうふうに広義な人たちまでを対象に規定いたしたわけでありません。

 

 これは、すなわち夜間の甲種工学校、高等工学校等を卒業せられた者であり、前各条に述べる程度の学歴、経験を持つ者と認められる者や、特に、現在東京大阪その他で条例により施行せられております建築代理士試験等に合格せられまして、なおかつ、本条に規定せる経験年数を有する者であり、一、二級建築士の資格を十分備え得るとみなした者を規定いたしたのであります。

 以上で提案理田の説明を終わります。

 

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