平成17年12月15日

 

建築制度の改革

 

弁護士  竹川忠芳 

 

 

1、建築確認制度のうち、単体規定に関する確認・検査を大部分廃止してしまってはどうだろうか。

理由は三つある。一つには、もともと建物の質に関する技術基準は法令で定めることに適さないからである。標準的な技術基準は時代と共に変化し、地域的な影響も受けるため、建築学会等の専門家にまかせるべきである。二つには、建築主事が設計法の全てを理解して法令適合性を判断したり、施工の全てを検査することは不可能だからである。実際にも、建築主事が性能設計の評価判断が出来ないため、これを補佐する意味で、告示等をもって仕様規定化が推し進められ、このことが逆に実務上の問題を引き起こしているからである。三つには、建築基準法さえ満足すればよいとして、同法で定める最低基準の建物ばかりが出来て、良い建物が建てられないという問題を内包しているからである。殊に、建築確認は見たいところだけを見て確認するだけで、欠陥住宅でないという保証にはならないのに、確認が通れば大丈夫との誤解を与えてしまっている点でも問題がある。

以上、単体規定に関する確認・検査は害多くして益少なしと考える。

 

2、次に、単体規定に限るとは言っても、建築確認の制度を廃止して大丈夫だろうか。例えば、第二の姉歯建築士や建設会社、デベロッパーが組んで手抜き工事を始めたら、誰もチェックしていないわけだから、地震でも来て、死者が多数出るまで分からないのではないか、といった社会的非難が出てこないだろうか。

だが、今回の偽装問題で分かったように、確認機関は確認対象事項でさえ内容の真偽をチェック出来なかったわけだから、確認機関を置こうが置くまいが誰もチェックしていないことに変わりがないというのが実態である。そして、唯一意味あるとしたら、確認申請時に確認機関によりチェックされるから設計施工を真面目にやろうとする者がいるかもしれないということだが、そのような者には確認手続きに代わる制度でも十分である。むしろ確認制度があると、国民は確認対象事項外まで大丈夫であるとの期待感まで生じてしまい、弊害の方が大きい。さらに、幾重にもチェック機関を設けても、この全てのチェック機関が見逃せば、検査が繁雑になり費用が嵩むだけで、何の意味もないし、責任の分散化は責任感の欠如をもたらすことになりかねない。また、他者の設計及び施工を検査するのは容易ではないし、完全に行なうことは不可能である。そして、建物を建築するといった創造的な仕事が、幾つもの機関から厳重にチェックされては、施工現場は暗くなり、出来上がる建物もお仕着せ的な建物しか出来なくなってしまう。

そこで、どうせ役に立っていないチェック機関であれば、思い切ってやめてしまうことも一つの選択肢ではないだろうか。心の安心の問題は、他の制度を改革することで十分にまかなえるし、実質的な効果も期待できる。以下で検討してみよう。

 

3、まず、デベロッパーの権利と義務を法律で規制することにして、免許制度を導入してはどうだろうか。

なぜなら、マンションにしても一戸建てにしても、デベロッパーが設計や施工内容を決めている。ところが、デベロッパーは自分で住むのではなく、他人に売りつけて売り逃げる立場にある。そして、購入した所有者がこの建物と長年付き合っていくことになり、売り主であるデベロッパーはせいぜい瑕疵担保責任を追及されるといった危険しか負担しない。だとすれば、当然にデベロッパーは本当の意味で「良い建物」を作ろうというインセンティブに欠け、外観上見栄えが良く利益幅の大きい建物を作ろうとするのは当たり前で、今回の偽装問題のような建物が出来ても不思議ではない。まさにデベロッパーの存在はこのような本質的で構造的な問題を抱えている。

他方で、現行制度を眺めたとき、このデベロッパーの存在を全く予想してはいないことが分かる。即ち、建設業法では免許制度を設けて、建築施工を一定水準の建設技術等の能力ある者に限定し、建築士法では建物の設計監理を資格ある建築士に限定することで、一定水準以上の建物、言い換えれば「良い建物」が出来上がるものと考えており、いずれも施主が自分のために建物を建築するとの前提に立って制度を構築しているからである。言い換えると、建築に素人である施主を補佐して、専門の建築士が設計監理したり、専門の建設会社が施工すれば、当然に良い建物が出来るだろうと考えていた。仮に悪質な建築士や施工業者がいたとしても、設計料や請負金額を吹っ掛けることはあっても、故意に手抜き設計したり、故意に手抜き工事するはずはない。仮にあっても、設計者と施工者が互いにチェックし合うことで、これは防止出来ると考えられていた節が見られる。建築基準法で定める建築確認制度が性善説に立ったものと言われる由縁もそこにあると指摘できる。

しかし、デベロッパーは現行制度が前提とする「施主」ではない。従って、デベロッパーのあり方を法で新たに規制する必要があるわけである。現在のところ、宅建業の免許で仕事しているのであろうが、デベロッパーは建物をこの世に作り出す仕事であり、不動産流通の適正化を計るための宅建業の免許で賄えるものではない。

なお、その免許取得の要件などは今後、議論して決定していきたいと思うが、思い付く点を箇条書きにしてみる。

まず、売買契約時にデベロッパーは説明義務として、全ての設計図書、竣工図面、工事現場写真、見積書にある使用材料等の明示されたものを買主に引渡さねばならない。そして、その相手方契約者に対し、どういう建物で、どのような性能が確保されているかに等についての説明を要する・・・というのでは、どうだろうか。

 

なお、ここでいうデベロッパーとは、他者への販売を目的に建物を建築させる業者のことを広く指している。従って、出来れば総合経営研究所(内河健)のようなコンサルタント事務所をも含めるような概念設定をするか、別途このような業者の取締りも必要となろう。

 

4、建築士制度の改革

設計監理を行う建築士は、建築技術に精通し現場経験の豊富な者でなければならない。しかも、現在の建築技術は日々進歩しており、専門分化してきている。以上のことを前提に建築士制度の改革がされねばならない。

 

(1) 今の建築士制度は、ペーパー試験だけで選定しているため、建築知識の有無は確認出来ても、実務能力を裏付けていない。しかも、一級建築士だけで30万人とも言われている。そこで、人数を絞ることと養成機関を設けて、技術の修得を目ざすべきであろう。

他方で、将来的には、これら建築技術に精通している者を選任する制度を作って、「上級建築士」と位置づけることで、この上級建築士のピュアチェックを経て、初めて建築が可能となるようにしたらどうか。そうすれば、現在の建築士に対する既得権侵害の問題が少しは和らげられるのではないか。

なお、ここでのピュアチェックは、上級建築士による保証制度であり、事実上、他人の設計を保証する者は少ないと考えられるので、結局「上級建築士」による設計でなければ建築できなくなることになろう。

(2) 建築士の専門分化の問題として、専攻建築士制度を公的な制度として位置づける。そして、建築物によって、専攻建築士がもれなく加わって、設計がされるようにする。

(3) 他に検査専門建築士の制度を設け、養成する。

 

5、次に、全ての建築について、必ず建築士による設計を義務づける必要がある。そして、設計する業務に複数の分野の建築士が関与する場合には、その全ての建築士についてその関わる仕事の内容、仕事の範囲を明確に区分けして、設計区分上に漏れのないようにしたうえで、施主との間で契約書を作成し、全員が連帯責任をもって設計に従事するようにする。

そして、設計図面を全て作成したら、その設計図面を全て施主へ交付すること。その後、施工段階で変更したり、追加した図面も同様とし、竣工時には竣工図面が必ず施主に交付されていること。

また、設計思想を記した文書を提出し、建物性能についてその性能がどの程度確保されるのかを明示すること(但し、出来ていなくとも責任を負わない旨の合意も可能)。

 

6、次に、請負人も同様で、請負った建設会社は、全て工事について何処の部分が誰の仕事の範囲で、その者が責任を負担する旨を明示した書面を作成して、全ての工事責任者が署名押印して、施主との間で工事契約を締結すること、これら工事責任者と元請とが連帯責任を負担することとし、各工程毎に各工事の現場写真を全て保存し、施主に交付すること。まさに公共工事と同じやり方とする。これに違反すれば、刑罰の責任を負担すること。

また、施工の現場は二段階に分けること。スケルトン・インフィルの考えにより、構造躯体を作った段階で一業者という見方をして、その後の内装工事も同一元請が請負った場合でも、二業者が関わったという形にして、それぞれを独立した仕事とする。

このように、各人の仕事の範囲を明確にし、その責任負担を明確にすることで、責任感を覚醒させると共に、その責任につき厳罰をもってのぞむ。

 

7、挙証責任の転換

設計監理、あるいは施工について重要な点で瑕疵がいくつか発見されたら、その他の部分も全て契約通りに出来ているか否かを、建築士や施工業者、あるいはデベロッパーの方で証拠をつけて明確にすること。そして、裁判によって解決するべきではなく、建築の専門機関がこれを見て、直させるところは直させるよう指示し、その旨の指示した専門家の氏名と指示内容やその指示に従ったやり直し工事の内容を文書類に残し、完了済の印をその専門家からもらうようにすること。

そして、以上の5〜7の設計図書類については、必ず建物と一緒に権利証のように転々移転させることとし、所有者にはその保管を罰則をもって義務づける。

 

8、消費者教育の推進

今の議論に欠けているのは、もう一方の当事者である消費者教育の重要性についてである。マンションや一戸建住宅を購入したり自ら建築したりするのは、一生に一度のことと言われる。しかも、一生かかって住宅ローンの返済をするような高額な買物である。にもかかわらず、消費者の側はでは建築技術に対する理解に欠けている。自動車でさえ、安全性の証明(衝突実験)やエンジンの性能などを広告して、買い手を集めようとしている。ましてや、地震国である日本では、耐震性能が重要なことは至極当り前のことと言える。にもかかわらず、マンション業者が躯体の強度とか、地震の際の安全性について広告宣伝をしている例がほとんどない。消費者側でも、これを求めて購入する動きはほとんどない。

私は、何度かスウェーデンの建築事情を見学しに行ったことがあるが、同国では、小さい頃から建築に関する教育が行なわれている。そのため、日曜大工などはお手のものであり、施工する側でも、初歩的ミスは施主の目が光っていることから難しいし、戸建住宅やマンションの販売にあたっても、仕様の説明より、建物の機能性の説明が重視され、建物の見えない部分への購入者の関心は高い。ドイツでも、住宅展示場では、例えばトイレを半完成状態で配管が見えるようにして、水回りの修理が容易かどうかを見せるのが普通である。ところが、日本では、マンション販売のパンフレットでは、豪華な家具が並び、売り物でもない豪華な調度品ばかりが広告の写真に撮られている。そして、どうせ数年で陳腐化する設備類の付いていることが「売り文句」とさえされている。だからこそ消費者教育を忘れてはならないと考える。

 

9、保険、罰則強化

 

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